お知らせ

2020.5.7

法務情報

医療経営と労働紛争/新型コロナの非常事態においてこそ守るべきルール

 

はじめに

新型コロナウィルス感染症が猛威を振るう中、献身的に職務に従事されている医療従事者の方々には、本当に頭の下がる思いです。

 

感染者を直接受け入れている医療機関はもちろんですが、それ以外の医療機関においても無症状・無自覚の感染者への対応等で、経営者/労働者、医師/コメディカルといった立場に関わらず、心身をすり減らして尽力されていることと拝察します。

 

こういう非常事態のときは、ついつい「コンプライアンスどころではない!」となりがちなのですが、日本の労働法制は厳格であり、非常事態であっても(あるいは非常事態だからこそ)守らなければならないルールがあります。

 

特に、新型コロナが長期化すればするほど、あるいは逆に事態が少し落ち着いてくると、疲弊した労働者からいろいろと問題提起が出てくることは想像に難くありません。

 

安全配慮義務は緩和されるか?

たとえば、一般に経営者は、労働災害防止のための対策を推進し、労働者の安全と健康を確保する義務(いわゆる安全配慮義務)を負い、労働安全衛生法を中心に労働者を保護するためのさまざまな法規制が行われていることは、ご承知のとおりです。

 

この経営者の安全配慮義務の具体的内容は、職種や状況によって必ずしも一義的ではありませんが、新型コロナという非常事態と向き合う医療機関だからといって、直ちに同義務が緩和・免除されるというものではありません。

 

むしろ、労働者に感染症対応という危険業務を行わせる以上、平時よりも高度の安全配慮義務を要求される面もあります。

 

マスクや防護服などの調達も困難である中、経営者として何をどこまで行えるかは微妙なところがありますが、とにかく労働者を守るためにできる対策は全て行うという姿勢が重要です。

 

労働時間規制は緩和されるか?

労働時間規制についても、非常事態だからといって直ちに緩和されるものではありません。

 

例外的に、労働基準法33条に基づき、労働基準監督署長の許可により(事態急迫の場合は事後の届出でも可)、通常以上の時間外労働や休日労働が認められる余地はありますが、その場合でも割増賃金(時間外割増手当、休日労働手当、深夜手当)は発生します。

 

また、いかに非常事態とはいえ、過度の長時間労働が常態化するような取扱いは認められないでしょう。

 

応召義務、医師の社会的使命との兼ね合いは?

以上については、医師の応召義務(応招義務/医師法19条)との兼ね合いが問題となりえます。

 

しかし、現在の行政(厚生労働省)の公式見解は、

「応召義務については、医師が国に対して負担する公法上の義務であり、医師個人の民刑事法上の責任や医療機関と医師の労働契約等に法的に直接的な影響を及ぼすものではなく、医療機関としては労働基準法等の関係法令を遵守した上で医師等が適切に業務遂行できるよう必要な体制・環境整備を行う必要があり、違法な診療指示等に勤務医が従わなかったとしても、それは労働関係法令上の問題であって応召義務上の問題は生じないと解される。

こうしたことから、応召義務があるからといって、医師は際限のない長時間労働を求められていると解することは正当ではない。」

というものです(「医師の働き方改革に関する検討会 報告書」)。

 

したがって、医療経営者としては、応召義務を理由として、労働者に対して労働法規や労働契約の定めを超えて職務従事を求めることは許されず、逆に、それをしなかったからといって応召義務違反に問われることはないというのが、法的な帰結になると考えられます。

 

もっとも、このあたりは平時であっても医師の社会的使命に関わる非常に微妙な問題を孕んでおり、新型コロナの非常事態においては尚更で、そう簡単に割り切れるものではありません。


行政(監督官庁)も司法(裁判所)も、ほとんど前例のないことなので、判断には迷うことが多いでしょう。

 

おわりに

こういう状況ですので、医療機関の経営判断としての「絶対の正解」を示すことは率直にいって至難の業であり、弁護士としては心苦しい限りです。

 

もっとも、具体的にご相談いただければ、より精度の高いリスク評価を前提に、「最適解」を導き出すお手伝いをさせていただくことは可能です。

 

医療経営の伴走者として、ぜひ弁護士をご活用ください。

 


 本記事は2020年5月執筆時での法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
 記事の内容については、執筆当時の法令及び情報に基づく一般論であり、個別具体的な事情によっては、異なる結論になる可能性もございます。ご相談や法律的な判断については、個別に相談ください。
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この記事を書いた人
弁護士 山岸 泰洋(やまぎし やすひろ)

企業法務分野に注力し、医療機関や介護事業者の案件に精力的に取り組んでいる。

医療・介護の分野では、行政規制対応など特有の案件を数多く経験する。

そのほか、不動産関係の民事訴訟(保全・執行を含む)、会社関係(支配権争い)及び建築関係の民事訴訟、行政争訟、国際仲裁など、専門性の高い分野の案件の経験が豊富。

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